モゴローなんちゃって日記

      フォト短歌、影、心に浮ぶ言葉たち。

暗証番号がわからない

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(本文とは関係ありません)

 眼科は高齢者が多いので、認知症の方の検査をすることもちらほらあります。眼科は自覚応答による検査が多く、眼科の代表的検査である「視力検査」もまさにそうです。認知症の方の中には輪っかの切れ目を答えるのが難しい方がいますが、中には平仮名だと答えられる方もいます。
 数ヶ月前、視力表にある平仮名を頭文字にした単語で答えてくれる患者さんがいました。視力表が「こ・し・に・と・り・て…」だとすれば「独楽のこ、椎茸のし、庭のに・・・」みたいに。この時は、これを全部地名で言う患者さんでびっくり。輪っかの切れ目は言葉でも手で指すこともできないのに。この患者さんの検査に2回続けて当たって、とても楽しみに始めたのですが2回目は調子が出ない日だったようで普通の答え方でした。
 ただ、患者さん全員がこれをすると検査自体は大変。現在は点灯式の視力表で輪っか(ランドルト環)の切れ目を使う眼科が多いですが、私がこの仕事を始めた頃は、紙の視力表を使っているところもあって、平仮名でとりあえず上から読んでもらう方が早いということがありました。リズム良くちゃっちゃと検査したいのに、いちいち「へちまのへ、りすのり、ツバメのつ、…」と答えられるとやりにくくて仕方ない。昔、隣のレーンで視力検査していた後輩が、こういう患者さん(認知症ではない人)に当たって、そのうち「普通に読んでください!」って言っていて笑ってしまいました。

 先日、視力検査に当たった認知症のおばあさん。カルテの記録で、答えられる日もあればない日もあることはわかっていました。付き添いの娘さんに「認知症あるんで」と言われて、わかってますよ~みたいな感じで患者さんだけ検査室に入ってもらって始めたのですが、この日は上手く答えられない。「測不」で終了しようと思ったら、娘さんが入ってきて助けてくれました。娘さんが横から「お母さん、こうやって指で指して」とジェスチャーで見せるとできたです。

 そんなことがあって思い出したのが、約25年前の話。家の近所のATMでお金を下ろそうとしたときのことです。隣のATMにはパジャマっぽい格好のおばあさんがいました。近くに高齢者中心の病棟を持つ病院があって、ちらほらそういう方を見かけていたので、多分その方もそうだろうと思いつつ操作をしていたら、そのおばあさんから「わからんからやって~」と声がかかりました。はいはい、と手伝うことに。ところが暗証番号のところになって番号が「わからない」と言うのです。暗証番号がわからないとその先に進めないこと自体がわからない様子です。「それがわからないとできないのですよ」といくら言っても理解してもらえず、「どうしてできないの」と言われ困ってしまいました。すると、その横で操作していた30代くらいの感じのよい女性が助け船を出してくれたのです。
 その人は、「じゃあ一緒にやってみましょう」とおばあさんの横に並んで、そしておばあさん自身に操作させたのです。「はい、ここ押して」「次はここですよ」と。すると、暗証番号のところになってすんなりと番号を押せたのです。動作で覚えていたのでしょうか、私はとてもびっくりしたと共になるほどな~と思い、そして助け船を出してくれた女性が素敵に思えました。お礼を言ったら、その女性はにっこり頷きなら去って行きました。 

 もうひとつ思い出したことがあります。私は何を思ったか、1年ほどデイサービスでヘルパーをしていたことがあります。小さなところで、利用者さんは多くて10人にもならないところでした。そこにアルツハイマー認知症のご婦人がいました。会話は成り立たない状態で、お風呂やトイレのときの衣服を脱いだり着たりするという行為自体もわからず、ヘルパー初体験の私にとっては戸惑うことばかりでした。その時先輩のヘルパーに教えてもらったことで今でも覚えていることがあります。行き帰りの送迎のときのことです。利用者さんのお家の順番、道路から玄関の動線などを考えて、車のどの座席に誰が乗るかを考える必要があります。でもこのアルツハイマーの方に「一番奥に座ってください」と言ってもわかりません。奥に座ってほしいのに手前に座ったりします。そこで先輩ヘルパーがやっていたのは、その方が座ってしまっては困る席に先にヘルパーが座ってしまうという作戦でした。そのうえで「〇〇さん、乗って来てくださ~い」と。するとその方は空いているところに座るしかないので、自ずと誘導したい席に座ってもらえるというものでした。これもなるほどな~と感心しました。アプローチの仕方を変えることの大切さを知りました。

 最近になってこれを思い出したのは、話しても通じない方にどう関わるかといったことを考えていたからです。話しても通じないというのは認知症の方ということではないのですが、生活していると職場でもどこでもそういった場面になることがあります。話してわかってもらえたら1番いいのですが、その人の状態、色んな事情でそうはいかないことも多い。私はわかってほしい、なんでわかってくれないのとすぐ説得にかかってしまうのですが、そういうことではどうにもならないことがある。そんな時に、アプローチの仕方を変えることで、とりあえず状況を変える、とりあえず前に進む、そんなこともあるのかな、と思ったのでした。